EP040 Estonia

いよいよロシアの国境を超えて西側へ行く日。今までロシア国境ではあまりいいことがなくてその国境を超えることが相当トラウマになっている。サンクト・ペテルブルクからロシア側のボーダーがあるイヴァンゴルドまでは約150kmで2時間半あれば余裕で行ける距離。朝9時前に到着できるように余裕を持って6時にホテルを出た。国境までの道は一部工事区間以外は空いていて快適に走れた。

ボーダーの手前にガソリン・スタンドがあったので残っているルーブルを全部使って満タンに。ここのガソリン・スタンドはロシアの他おガソリン・スタンドと違ってまずガソリンを入れてから入れた分を支払うシステムだった。ここで満タンにしたい人が多いからかもね。ロシアはガソリンが安いので。

ドキドキしながら国境に到着するとなんと1着だった。モンゴルとの国境と違ってトラックもないし、車もあまりない。その差にはビックリ。国境での手続きも今までと違ってかなり簡素化されていて余計な手続きがなくて楽だった。インタビューもない!ただ、渡る人が少ない分荷物検査は徹底的にやっていたが、それはもう慣れたもんだ。

ロシアボーダーを出てエストニアボーダーに入るまでの区間。ここでは歩いて国境を超える人たちも結構いてそれもかなり新鮮だった。今まで歩いての国境超えの概念があまりなかったので。

エストニアボーダーに着くとそこは建物から職員の服装、装備までロシアとまるっと違う。ロシアはまだ旧ソビエト時代の影が残っている反面、エストニアはアメリカの警察のような格好で建物も装備も全てが現代的!ここでもしっかり調べられたが、英語の登録証書だけではなくて日本の車検書や国際運転免許証、日本の免許証まで出させてしっかりと比較して検証された。まあ問題なかったので無事通過することができた。

やっとヨーロッパに入った!日本を出発して約14,000km、ロシアとモンゴルを走ってここまで来れたのはDesertXのお陰。今までの旅程を思い出しながら少し感情に浸かる。エストニアの国境都市ナルバのモニュメントの前で記念撮影をしていると通りすがりの方が「Welcome to Narva!」と歓迎の言葉をかけてくれた。嬉しい。

実は国境を超えることで頭がいっぱいだったし、国境超えがどのくらい時間がかかるのか分からなかったので予定を経てられなかった。こんなに早く通過できるとは!まだ11時前とかなり時間があるのでせっかくなのでエストニアの首都タリンまで行くことにした。

エストニアの右端のナルバから左端のタリンまでは約210km。今までロシアを走った感覚からするとすぐ隣町、またエストニアの国道はよく整備されていて走りやすい。基本的なシステムや交通ルールはロシアとそれほど変わらないが、道を行き来する車はヨーロッパのものが多い。町の風景もロシアと少し違ってヨーロッパの田舎町のような雰囲気でしっかり管理されている所が多くて可愛らしい。また至る所に菜の花が咲いていてその間を走っていくのがすごく楽しかった。天気もよくて最高のツーリング日和!

腹が減ってきたのでガソリン・スタンドで休憩。ここはなんとサークルK!エストニアを走っているとサークルKのガソリン・スタンドがたくさんあった。コンビニ単体ではあまりお店がなかったのでエストニアではガソリン・スタンドと一体化して事業を展開しているのかもね。

サークルKの品揃え。ロシアのガソリン・スタンドも必要十分な商品があったが、こちらのほうがその密度というか商品のバラエティ豊富で選ぶ楽しさがある。また手軽に食べられるファストフードの種類も多かった。

後、クレジットカードが使えるのが最高過ぎる。ロシアではカードも使えないし、お金も下ろせないので持っているルーブルだけでやりくりしていてそれが結構大変だったが、今はその心配がない。後、英語も通じるので何もかも楽。

アメリカンコーヒーとケバブで腹ごしらえ。味も素晴らしい。またロシアではVPNを使ってもなぜかLINEが使えなかったので溜まったメッセージの確認と久しぶりに友人たちと話ができた。またTwitterやInstagram,Facebookも自由に使える!

西側の自由を満喫しながらコーヒーを飲んでいたらスイスからバイクでツーリングをしているライダーの方が声をかけてくれた。今までの旅のことやこれからのことを少し話してサムズアップ!

走っているとずっと菜の花畑が広がっていたので我慢できずバイクを停めて写真を一枚。いい季節にきたものだ。気温も20℃を超えていたのでジャケットを脱いでバイク用のジャージー一枚で走ったけど全然寒くない。これが春というものか!

またエストニアの田舎道はオフロードでも綺麗に管理されたオフロードで非常に走りやすい。またすごく綺麗だったので我慢できず横道に入ってしまった。

またそこには大好物の風車がたくさん並んでいた。もう嬉しい風景。

のんびりゆっくりエストニアを満喫しながら走ったのに2時前にタリンに着いてしまった。市内は少し混雑していたが、きついほどではない。宿はBooking.comやAir B&Bが使えてカードも使えるので選び放題。この日は洗濯がしたかったので洗濯機がある宿を探してAir B&Bから予約した。なんか色々人権を得た感じ。

駐車場があってキッチンもあって洗濯機もあって綺麗なお部屋だが、すごく小さい。それが今まで見たこともないくらいの小ささ。なのにすごい快適でよく考えられている。また住宅街の真ん中なのに周りに木が多くて鳥の鳴き声もよく聞こえてきて癒やされる。

洗濯とちょっとしたバイクのメンテナンスを終えてからタリンの有名観光スポットの旧市街地に向かった。ここではUberが使えるのでそれがまた楽。

旧市街地は坂の上にあって登りきった所にKohtuotsa展望台があった。そこから見える旧市街地と新都心とのコントラストが綺麗。

また展望台にはたくさんの人がいて眺めを楽しんでいたが、あのカップルは一緒にきて別々に自撮りをしていた。ははは。

昔ながらの町並みに今もそのまま人が住んでいて家そのものも綺麗に管理されていた。工事もよくやっているようで見てみると外観に関しては伝統的な技法をそのまま使っているらしい。瓦とかもね。

やっぱりここはロシアの影響が強かった地域なのがよく分かる。ロシアの教会と比べるとより繊細で細かい所をしっかり作り込んでいる感じ。綺麗。

昔絵本で見たような伝統的な形の城壁や櫓があって中世ヨーロッパの雰囲気がある。

町の中にはたくさんの人がいた。地元の人もいれば観光客も。ヨーロッパや、中国、韓国、インドの観光客までは見たが、日本の観光客はいなかった。

降りてくるところにちょうど良さげなバーがあったので入って少し休憩。

ここではカラスではなくてカモメが幅を利かせていた。こいつは相当なワルで私のポテトフライを何本も強引に盗んでいた!

降りていく道も絵に書いたような城内町。この辺りにあるお店はほぼお土産屋。

降りきったところには広場があってたくさんの飲食店やカフェがあってそこにもたくさんの人で賑わっていた。

みんな余裕があってその寛いでいる姿を見ているとなぜか嬉しくなる。

やっぱりヨーロッパのカフェと言ったら路上のテラス席だよね。雰囲気出てる!

綺麗な景色を見ていたら歩くのが楽しくなって宿まで歩くことにした。街中を走っているトラムもロシアのものと違ってかなり洗練された最新式。スイスなどで見たものとあまり変わらなかった。

帰る途中ベトナム料理屋を見つけて無性にフォーが食べたくなって入ったお店。Welcome to Phoと書いてあったPho Bar。やっぱり醤油はキッコーマン。

店内もオシャレでモダンな感じ。かなり洗練されていた。この近くに寿司屋もあったが、ピザと一緒に売っているお店で外観はネオンを飾ってすごくヒップな感じだが、絶対美味しいはずがないのでパスした。ここは中にベトナム人の方が料理を楽しんでいたし、間違いなさそう。

牛肉のフォーを頼んでみた。本場の味ではないが、ちゃんとしたフォーで美味しかった。また久しぶりに食べてより美味しかったかもしれない。

やっぱり西側にくるといろんなもののバラエティが増えて嬉しい。できることも増えてこれからの旅がより楽しくなりそう。

EP035 Perm

エカテリンブルクからペルミまでは約380km、そんなに遠い距離ではないのでゆっくり出発してもいいけど朝も結構暖かくなっているのでブログの更新を終えてすぐ支度をした。毎朝ブログの記事を書いているのも実は時差ボケでだいたい5時くらいには目が覚めてしまうから。眠れないし、ちょうどいいのかもしれない。今は日本とは4時間の時差でこのように時間をかけて移動をするとすぐ適応できると思ったが、意外と体内時計が2時間くらい遅れているのが追いつかない。まあしょうがない。

ジャギョムさんに挨拶をしてから出発。今日も晴れて暖かくてバイクで走るには最高の天気。モンゴルでの苦労を補ってくれているようだが、その分アドベンチャー感がなく撮れ高(?)が少ない。

エカテリンブルクの中心街を通って行く。やっぱり綺麗な街でもう少しゆっくり見て回ってもよさそうだが、とりあえず前に進みたい気持ちのほうが大きい。

人が手入れをしている防風林と巨大な草原、畑。自然そのままの景色も素敵だが、このようにちゃんと管理されている景色もまた素敵でたまに巨大な富良野を回っているような気がする。

ペルミまで約200kmを残して今日の初休憩。大好きなG-Driveのガソリンスタンドを見つけたのでとりあえず寄ってみた。ガソリンは前日入れてあるのでまだ全然余裕だが、とりあえず入れておこう。極東シベリアと違ってここら辺ではガソリンスタンドがたくさんあるのでガス欠の心配はない。逆にちょっと多すぎるくらいなので極東に進出すればいいのにね。カフェも。

ここも小さいけど品揃えがしっかりしていて高速を走っている人たちに必要なものがだいたい揃っている。飲料水にお菓子、車用品にエンジンオイル、キャンピンググッズまで。

またちょっと休憩しながら食べられる軽食も充実しているのでレジで計算する時についつい一緒に買ってしまう。それがまた美味しい。たぶん疲れている体が糖分を欲しがっているのかもしれない。

チョコ・クロワッサンとアメリカ「ナ」コーヒーをいただく。やっぱりG-Driveは色々と上手い。何も知らない私でさえ何回の経験ですっかりファンになってしまったからね。

日本では当たり前でなんの変哲もないように見えるかもしれないが、ここロシアでまたモンゴルや極東シベリアを経験してからこういう現代的なお店を見つけるとその便利さがビックリするくらい嬉しい。

ガソリンスタンドを出て走っていくと今度は針葉樹の巨大な森が現れた。やっぱりこれだけ広いと管理しようとしても人の手が届かない所もあるんだね。またこれはこれで気持ちがいい。

道沿いにも結構な数の集落があって集落の中を道が通っている場合もあるが、このように少し離れている集落も結構ある。ここは道と集落の間に遊休地が広がっていてまたそこに野花が咲いていて綺麗だった。癒やされる景色。

あっという間にペルミに到着。ペルミも大きい川や木と森がたくさんあって自然豊かな素敵な都市だった。そんなpレミの中でも森に囲まれている所に本日泊まるPark Hotelがあった。名前通りのロケーション。

チュメニでホテルの入り口を探せなくて苦労したことへの反動でそれ以降外観が分かりやすいホテルを選ぶようにしている。これだけ立派だと探せないことはないからね。

部屋は極めてクラシックな感じ。古いわけではなくてこれがこのホテルのコンセプトのようだ。できればダブルベッドのほうがよかったが、選べなかった。これでも十分すぎる立派な部屋。

ホテルのすぐ前に大きい公園があってそこにも森が広がっていた。そこには結構人がいて散歩をしたりベンチで寛いだりと森を楽しんでいた。家の近くにこういう公園があると毎朝のジョギングがより楽しくなるかもね。

街の中にもたくさんの木があって落ち着く。なんかモンゴルに行ってきてから「木」にすごく反応するようになった気がする。空気のようにあまり意識してなかった側にあるものがなくなったときのインパクトはなかなか大きい。

またホテルに戻ってホテル・レストランで遅めのお昼を食べる。このホテルのスタッフさんは英語ができる方が多くて楽。今まで泊まったロシアのホテルでは少しでも英語が喋れるスタッフさんがいるホテルがほぼなかったのでこれもなかなか感動的。ここのメニューにも英語が併記されていて注文もスムーズにできた。

それでも頼んだのはボルシチ。どの店で頼んでも同じものはなくて全て個性があるので楽しい。もちろんお味も好き。ちょうどいい酸っぱさが食欲をそそる。

メインは久しぶりのパスタ。なかなか本格的なボロネーゼでオシャレなビジュアルでパスタの茹で加減やお味も完璧だった。ワインも一杯飲みたい所だが、グラスワインは売ってなかったので我慢。後2週間後くらいにはフランスに着くはずなのでワインはその時に楽しもう。

明日はカザンまで約660km、またエンジンオイルの交換しないといけないので早めに着かないといけない。今日はゆっくり休んでまた明日から長距離頑張ろう!

EP030 Altai Republic

死んだように寝たかもしれない。夜10時前に寝てしまって起きたら朝の5時だった。前日の国境超えが遠い昔のように感じてしまう。とりあえず記録は残すためにブログを書いたが、そういう経験はもうあまりしたくないな。気を取り直して今日の支度を始める。

今日はソンフンさん親子と一緒に550km離れたビイスクまで移動してOblaka Hotelのファミリータイプのルームに3人で泊まる予定だ。せっかくの再会だし、彼らはジョージアに移動する予定なのでいつ再会できるかは分からないので今日の一日を一緒に過ごすことにした。

DesertXはモンゴルの泥で綺麗にアドベンチャー仕様に仕上がっている。こんな感じも嫌いではないが、ノヴォシビルスクに行ったら綺麗にしてあげよう。お疲れ様。

Kosh-Agachを出て北上していくと景色がビックリするほど美しかった。何より「木」がある!モンゴルの北西部と接していて峠を一つだけなのにこんなに違うとは!

感動のあまりバイクを停めて休憩しながらソンフンさん親子と今の気持ちを分かち合う。同じ経験をして同じ所を旅してきたもの同士だけで共感できるものがある。素晴らしい。

ずっと絶景の中を走っていてどこを見ても綺麗。季節が進んで緑が増えるとより美しくなるだろうな。これが噂のアルタイか!後、モンゴルに比べるとそれほど寒くなく快適。こんな感じだとマイナスに落ちることはなさそう。風も穏やかで心も落ち着く。

休憩スペースがあったので停まってみると雪溶け水が流れて一面苔が煽っていて、また木にはモンゴルでよく見る布がかかっていた。この地域まではまだモンゴルの影響が残っていてまたカザフスタンや中央アジアのイスラム文化もあって面白い。

右側に聳え立つ岩山と左側に流れている川と木々、草原が美しすぎる。岩山からは結構落石があるらしくて大きい石が道沿いに落ちているので気をつけないと。

また停まれる所があってので少し休憩を取る。550kmを走らないといけないのでできるだけ体力を温存するために疲れたと思ったらすぐ休憩するようにしている。

今までのシベリアとモンゴルでは真っ直ぐな道が多かっただけにアルタイのグネグネした山道が嬉しい。山道と言っても日本のように細かいカーブやヘアピンなどは少なくて伊豆スカイラインのような高速カーブが永遠に続くような感じ。

朝ごはんを食べずに出発したので途中適当なカフェでブランチ。3人いると色々頼めるので嬉しい。他にボルシチとペリメニ(ロシア風餃子)も頼んでお腹一杯食べた。全部美味しかったが、特にこのお茶が美味しかった。お茶だけではなくてドライフラワーのような花も入っているらしい。

北に行けば行くほど気温が上がって緑も増えて自然がより豊かになっている。この辺に放牧されている牛や馬、羊たちは皆肥えていてモンゴルの家畜たちとはまるで見た目が違う。モンゴルの家畜にもこういう美味しそうな草を食べさせてあげたかった。

より北のほうに行くとそこはもうリゾート地で週末ということもあってたくさんの観光客で賑わっていた。久しぶりに多くの車と人を見て少し驚いた。また街と街の間隔が非常に近くて戸惑う。モンゴルでは隣街まで行くのに最低でも200kmくらいは移動しなきゃいけなかったのにここでは10kmも離れてない!間隔が色々とバグっているのかもしれない。

午後5時くらいに目的地のビイスクに着いた。規模としてはそれほど大きい街ではないが、極東シベリアの街と比べると明らかにヨーロッパ風になっている。というか洗練されているというか。モンゴルを通ってきたからよりそう感じているのかもしれないが、少し驚いた。

この辺りはもう春になっていて街中の緑が眩しい。緑がこんなに嬉しいとは!気温も10℃台と結構暖かくて過ごしやすい。

ソンフンさん親子とホテル近くのショッピングモール(!)に行って夕食を取ってロシアのプリペイドSimカードの期間を延長してきた。ユワンくんは久しぶりの洋食が嬉しかったらしい。

ホテルに帰るとなんとフランスから来たBMW R1250GSAが停まっていた!この旅で初めてみるオーバーランダー!すごく嬉しい。スクリーンに貼られているステッカーを見るとフランスから出発して中央アジアとロシアを通ってモンゴルまで行く旅程が書かれてあった。ちょうど私が通ってきた道を逆方向から行く感じ。

ホテルに入るとその方がチェックインをしていたので済ませるまで待って声をかけて挨拶をした。同じくバイクに乗って同じ長旅をしているだけでこんなに嬉しいとは!とりあえず荷物を片付けて少し休んでから一緒にビールを飲みに行く約束をした。

しばらくしてからまた彼と合流してホテルのスタッフさんオススメのお店に行ってみた。オススメと言ってもこの辺で遅くまで営業しているお店はここしかなかった。しかし、ここはDJがいてバンドが演奏をしていてお客さんが踊るようなお店で会話には適しているお店ではなかったが仕方ない。

彼の名前はInigo、なんとフランスのボールド地方でワインを作っているらしい。それも結構な規模のワイナリーだった。今62歳で引退の前にこの旅に出ているらしい。SNSやブログところか写真も撮らずにこの旅で感じることだけに集中しているらしい!その姿はストイックでまるで修行僧のようにも感じた。お互いにこれまで来た道とこれからの道の情報を交換してアドバイスし合った。彼は明日ロシアボーダーを超えたいと言っていたが、日曜日はボーダーがクローズしていることを伝えるとガッカリしたが、アルタイはバイク乗りに最高の道なのでそれを楽しんでモンゴルには月曜日、それも朝早く国境超えを試すようにと伝えた。なんの問題もなく上手くいくといいのだが…。

彼は7月頭にはもうフランスに戻るのでその時期にもしフランスに来たらぜひ来てくれと誘ってくれた。ワイン好きとしては行かない手はない!彼が作ったワインも飲んでみたいし、ワイナリーも見てみたい。

また旅行の楽しみが一つ増えてしまった。

EP029 Russia Tashanta border Crossing

朝ソンフンさんが入れてくれた久しぶりの美味しいコーヒーとホステルのお姉さんが作ってくれたカザフスタンテイストの朝ごはん(香辛料のテイストが胡椒が効いていて独特だった)を食べながら今日のルートを話したが、ロシア国境まで一本道だし、国境を出てもしばらく一本道なので国境をどのくらいタイミングで通過できるかを見てどこまで行くかを決めることにした。

支度を終えてウルギーを出たのが朝7時半、ロシアとの国境までは約100kmで朝9時がら国境が開くのでちょうどいい。道は結構波を打っていたが、モンゴルの道としては結構キレイなほうで山が多いので大きめのカーブがあって走って楽しい道。また、計算通りに天気にも恵まれて快適だった。午後は強風らしいのでできれば午前中にボーダーを出たいと思いながら走っていたら

なんと急傾斜のオフロードの峠が待っていた!これは途中で止まってしまうと再スタートが難しいくらいの傾斜でまた路面が凍っている部分と水が溶けてシャーベット状態になっている部分、雪、乾いている部分が混在している。できるだけ乾いている部分を探してゆっくりと気を付けて登っていたが、やっぱり怖い。

やっと峠を超えたら今度は下りなんだが、こっちのほうがより滑る。できるだけエンジンブレーキで速度を調整しながらブレーキはあまり使わずに降りて行った。途中どうしても凍っている部分を走らないといけなくて生きた気がしなかったが、なんとかクリア。

やっとオフロードが終わって舗装道路に戻ったが、なんで一番厳しい区間だけオフロードに残しているのかな?これから工事?もし今日のように天気がいい日ではなかったらあの峠を超えるのは厳しかったかもしれない。今日でさえあの状態なのでもし気温が低かったり雪でも降ってたら絶対滑り落ちそう。

オープン10分前の8時50分くらいにモンゴル側のボーダーに着くと既にトレーラーは長蛇の列。みんな徹夜で待っていたのかな?ちょっと甘く見ていたかもしれない。

また車もかなりの数が国境のオープンを待っていた。大丈夫かな?

とりあえずソンフンさんの車と並べて待っていたら

モンゴル国境事務所の関係者のような方が来てバイクは前に出せるように指示をしたので最前列のほうまで移動したら賄賂を要求してきた。多分関係者ではなくてブローカーのような人かもしれない。残っていたトゥグルグを全部(といっても数百トゥグルグしかなかった)渡そうとしたらそれは要らないからルーブルやドルをくれと言ってきたのでそれはないと拒否したら渋々と他の獲物を探しに行った。多分モンゴル人相手にそういう商売(?)はできなさそうだし、旅行者もいないのであのおじさんにも厳しい季節なのかもしれない。

モンゴルボーダーに入ってからまずカスタムコントロールでの荷物検査の後にパスポートコントロールで出国手続きをするのだが、かなりゆるくてバイクも外観だけチェックしてOKのハンコを押してくれた。また車両関連書類のほうも何人かに渡って確認をする人、ハンコを押す人に分かれて2回くらいそういう作業を繰り返して終わり。

手続きそのものはそれほど難しくないが、とにかくみんな並ばない。モンゴル人は横から上から下から入ってくるし、ロシア人は団体で窓口一つをブロックしてお前らはあっちに行けというし、書類を出すまでが結構大変。モンゴル人の間を潜り抜けてやっと書類を提出したら受付のおじさんがこれはよく分からないから隣のロシア人が陣取っている窓口に行けと言われた。またロシア人の間を潜り抜けて書類を提出すると女性の職員さんがバイクのメーカーなどを聞きながら確認作業を勧めてくれた。

全ての手続きが終わって国境を出るまでにかかった時間は約1時間とバイクだったからこのくらいで済んだと思う。

モンゴル側ボーダーを出てまた山道を約20分くらい走っていくと峠の頂上にロシア側のボーダーがあった。ここも手続きを待つ車で長蛇の列だったが、バイクは一番前に出してもらって優先的に手続きを進めてもらった。事前にパスポートや車両登録証などを確認してもらってボーダーオフィスのほうに行くとまずパスポートコントロールに案内された。

女性の職員さんが担当してくれたが、すごくフレンドリーで接しやすかったが、やっぱりここでもインタビューのようなものが行われた。前回のキャフタボーダーのように別室に連れて行かれてやった本格的なものではなくて自分でできるだけ詳しく自己紹介をしろというので前回のインタビューの内容を思い出しながらできるだけ詳しく自己紹介をしたら満足げな顔でスタンプを押してくれた。

このインタビューのようなことをしている時に向こうの部屋の前に人だかりができていた。何かの手続きをする部屋でその順番を待つモンゴル人とカザフスタン人の間に横入りなどを巡って喧嘩になって大声が飛び合って修羅場になっていた。そこにボーダーの職員たちが割行ってなんとか収まったが、この時はこれは自分にどう影響するのか全く知らなかった。

パスポートコントロールでの手続きが終わったら外に出て荷物検査。担当してくれた方がすごくジェントルで優しい方で全ての確認作業をきちんとしながらも人に嫌な気持ちを与えない。気分よく検査を終えたらカスタムコントロールに行くように言われて行ってみたらカスタムコントロールが先ほど人たちが大騒ぎをしていた所だった…。

行ってみると誰も案内してくれる人がいなくてそこにいるのはほぼモンゴル人のみだった。カザフスタン人はさっきの喧嘩以降外に出て他の所で待っているらしい。英語が通じる人もいなくて電波も入らないので通訳アプリも使えない。しばらく待っても何も起きなかったので人だかりができている部屋に入って見ると女性のスタッフさんが一人で作業をしていた。どうすればいいか聞いたらバイクの通関関連の書類を2枚作成して外で待っているように言われた。書類は全部ロシア語でできていたが、内容は以前ウラジオストクでもらった書類と同じだったのでそれを参考になんとか作成。その後、あの人だかりの一番後ろで順番を待っていたらまた後からきた人が横入りしたり、大声が飛んだりとカオス状態…。ちなみにロシア人は書類作成は要らなくて確認だけもらってすぐ行けるのでそこに残っているのは外国人のみ。

ずっと待っていても人だかりが減らない。最初は人が増えてきて減らないのと思ったが、どう見ても同じ人たちで作業が進んでないように見える。そのまま4時間くらい待たされてどうすればこの状態から脱出できるのか考えても答えがない。ロシアボーダーの職員たちが仕事を進めてくれることを祈るしかなかった。もうストレスで倒れそうな時にやっとソンフンさん親子がロシアボーダーに入ってきた。二人は車の中でずっと待っていたらしい。これがまたすごく嬉しくて状況は同じだが、誰か一緒に話せる人がいるだけでも力になる!ソンフンさんに手続きの順番を教えて書類を作成してもらってまた一緒に順番を待っていた。もう時間は17時を過ぎていてもうすぐ定時なのでもしかしたら今日は国境から出られないかもしれないと心配になってきた。このボーダーは峠の頂上にあって外は強風が吹いている。どうしよう…。

とその時に部屋の中から女性の職員が出て私を指名して呼んだ!おお!モンゴル人以外の人を先に進めてくれるそうなので急いでソンフンさんも呼んで一緒に通関書類作業をやってもらった。この時にまたドキュメントを一枚渡されて作成しろと言われたが、疲れ切って文章が目に入らなかったのでユワンくんに変わりに作成してもらった。仲間がいるって本当に力になる!

実はこれほど手続きが進まなかったのは朝の喧嘩騒ぎへの懲らしめのようなものでその流れ弾に打たれたっぽい。はあ、こんなこともあるんだね。

それでやっとタシャンタボーダーから開放された。時間はもう18時近い!早く宿を確保しないとこれはまた大変。とりあえず急いで国境から約70km離れているKosh-Agachという街に向かった。ここが一番近くて国境を渡る人を対象にしている宿が結構あるらしい。

しかし、今度はまたかなりの強風が吹いてきた。もう車体を斜めにしないと直進できないくらいの風。その強風の中を約1時間くらい走ってやっとKosh-Agachに着いた。

以前調べておいたRasul Hotelに行って恐る恐る部屋があるか聞いてみたらあると!すんなり受け入れてくれた!ロシアでは予約なしで行くと時間が遅いと部屋があっても受けてくれない時があるので本当に嬉しかった。助かった。

シャワーを浴びてソンフンさん親子とご飯を食べに行ったらどのお店も国境から出た人で一杯だった。やっと入れるお店を見つけて食事。ここはイスラム系の方が多くて食堂でもお酒を売ってなかったのでとりあえずコーラで乾杯。

本当に本当に長い一日だった。

EP008 Vladivostok

波はそれほど高くなかったが、不思議と船は揺れる。潮の影響かな?それでもぐっすり寝れたのは揺れがそれほど激しくなかったのと多分かなり疲れていたのかもしれない。船は順調に進んで起きたらもう北朝鮮を過ぎてロシアの領海に入っていた。到着時間は17時(ウラジオストクの標準時、日本より1時間早い)の予定だったのでそこからまた長い。

昼をすぎると徐々にロシアの島々が見えてきた。どんどん目的地のウラジオストクに近付いている実感がする。気温もかなり下がってきた。東海市はまだ春の暖かさがあったのにここはもう東京の冬並みの冷たさ。

ふっと時計を見るとしっかり電波時計が機能していてウラジオストク標準時に変わっている。実は一回G-SHOCKの選びに一回失敗したが、(GW-M5610U-1BJFの液晶が暗すぎて使い物にならなかった…)友人がそれを聞いて自分で調べてこのGBD-200-1DRをプレゼントしてくれた。もう感謝しかない。

いよいよウラジオストクが見えてきた!行き来するたくさんのコンテナ船にあまり戦争の影響を感じない。

ウラジオストクに近付いてくるとみなソワソワしてきたのかデッキにはたくさん方が出てきていた。また皆さんめちゃくちゃタバコを吸う。これでもかってくらい吸う。自分も5、6年くらい前までタバコを吸っていたので吸う人の気持ちはわかるが、それでも理解に苦しむくらい吸っていた。

お!いよいよウラジオストク市内の全景が見えてきた。あの有名な黄金橋も。

ウラジオストクから車でユーラシア横断の旅を始めるソンフンさん、ユワンさん親子。ユワンくんは小学校6年生で学校を1年休学してこの旅に出たらしい。人生においてもっとも貴重な経験をする1年になってほしい。友達のような兄弟のような本当に仲のいい親子で羨ましい。

スパソ・プレオブラジェンスキー大聖堂がここがロシアということを教えてくれる。船から見える町並みもかなり栄えていて思ったよりも都市の規模が大きかった。

お!写真でたくさん見たウラジオストク港!もうここから本格的なユーラシア横断の旅が始まることを考えると高揚感が高まってくる。予定時刻より1時間早い16時に着いた。早く着いて喜んでいたが…。

しかし、ここからウラジオストク、ロシアの洗礼を受けることに。ウラジオストクの入国システムはまた独特なものでまず船着き場に降ろされたコンテナから全ての荷物を出しておくと(これもかなり時間がかかった)船から降りた客が自分の荷物を探してそれを持ってイミグレーションと税関を通過して入国する。

降りる順番は、委託手荷物がないロシア人、委託手荷物があるロシア人、委託手荷物がない外国人、委託手荷物がある外国人の順番だったので気を長くして待っていたが、それでも時間がかかりすぎる。ここのイミグレと税関のキャパシティにも問題があるのかもしれない。

またイミグレーションまでは階段で2階まで登らないといけなくて外に出るのも階段を降りないといけないが、重い荷物をいくつも持って一人で移動するのはなかなか大変なので今回同じく車やバイクで来た6組でチームを組んで一緒に運ぶことにした。それでもすごく大変であれほど寒いと感じたウラジオストクなのにもう汗でびっしょり。

全ての通関が終わって外に出ると時間は20:30!4時間半もかかってしまった。なんかこれがロシアのオリエンテーションのように感じる。ロシア式の我慢と諦めを学んだような気がする。そのおかげで仲間がたくさんできて絆が深まった。

宿が隣同士の朴さんと同じタクシーでホテルまで移動してチェックイン。今回泊まるTeplo Hotelには遅めの20時くらいにチェックインすると伝えておいたが、それよりもまた1時間も遅れた。宿泊時に支払いする必要があったが、クレジットカードが使えないのとまだルーブルへの両替をしてないので翌日に払いたいと伝えたら快く承諾してくれた。部屋も1階でよかった。

小さいホテルだが、綺麗にまとまってセンスがいい。また居心地もいい。今回はバイクが通関するまで約1週間の滞在が必要なので他の時よりも慎重にホテルを選んだ。またBooking.comなどの欧米系のサービスは使えないのでYandexで調べてOstrovokというロシアの宿泊予約サービスを使ったが、他のサービスに遜色ない素晴らしいサービスだった。

シャワーを浴びて晩ごはんどうしようか悩んでたら隣のホテルの朴さんから連絡がきて遅くまでやってる韓国料理屋があるので一緒に行こうと誘われたので行くことに。もう22時が過ぎた時間だったのでさすがにやっているお店は少なかった。

とりあえずビールを頼んだら出てきたのはまさかのアメリカのバドワイザー。長い一日を経てのこの一杯が美味しい!お疲れ様でした!

頼んだのは豚肉炒め。ちょっと甘いけど美味しい。この日は昼もカップラーメンで軽く済ませたのでちゃんとした食事はこれが初めてだったので余計に美味しく感じる。

朴さんは大学を定年退職して今回車でユーラシア横断の旅に出たけどすでにモンゴルやたくさんの国を車で旅した経験のあるベテランだった。色々アドバイスをいただいたり、すごく優しい方でたくさんお世話になった。

朴さんと会話しながらホテルまで歩いていたらコンビニからソーセージを買って出てきたロシアの方が声をかけてきた。話を聞いてみるとウラジオストクの夜景スポットを教えたいらしい。Yandex MapやGoogle翻訳を使って教えてくれたのが「鷲の巣展望台(Орлиное гнездо)」。Sonyのミラレスカメラを持っていたので写真好きな方に是非オススメしたかったと。ロシアの方って見た目はコワモテだけど実際話してみると優しくて心暖かい方が多い気がする。

初日からバイクもないのにアドベンチャー感マックスでここからどうエスカレーションしていくのか楽しみ。