朝ソンフンさんが入れてくれた久しぶりの美味しいコーヒーとホステルのお姉さんが作ってくれたカザフスタンテイストの朝ごはん(香辛料のテイストが胡椒が効いていて独特だった)を食べながら今日のルートを話したが、ロシア国境まで一本道だし、国境を出てもしばらく一本道なので国境をどのくらいタイミングで通過できるかを見てどこまで行くかを決めることにした。
支度を終えてウルギーを出たのが朝7時半、ロシアとの国境までは約100kmで朝9時がら国境が開くのでちょうどいい。道は結構波を打っていたが、モンゴルの道としては結構キレイなほうで山が多いので大きめのカーブがあって走って楽しい道。また、計算通りに天気にも恵まれて快適だった。午後は強風らしいのでできれば午前中にボーダーを出たいと思いながら走っていたら
なんと急傾斜のオフロードの峠が待っていた!これは途中で止まってしまうと再スタートが難しいくらいの傾斜でまた路面が凍っている部分と水が溶けてシャーベット状態になっている部分、雪、乾いている部分が混在している。できるだけ乾いている部分を探してゆっくりと気を付けて登っていたが、やっぱり怖い。
やっと峠を超えたら今度は下りなんだが、こっちのほうがより滑る。できるだけエンジンブレーキで速度を調整しながらブレーキはあまり使わずに降りて行った。途中どうしても凍っている部分を走らないといけなくて生きた気がしなかったが、なんとかクリア。
やっとオフロードが終わって舗装道路に戻ったが、なんで一番厳しい区間だけオフロードに残しているのかな?これから工事?もし今日のように天気がいい日ではなかったらあの峠を超えるのは厳しかったかもしれない。今日でさえあの状態なのでもし気温が低かったり雪でも降ってたら絶対滑り落ちそう。
オープン10分前の8時50分くらいにモンゴル側のボーダーに着くと既にトレーラーは長蛇の列。みんな徹夜で待っていたのかな?ちょっと甘く見ていたかもしれない。

また車もかなりの数が国境のオープンを待っていた。大丈夫かな?

とりあえずソンフンさんの車と並べて待っていたら

モンゴル国境事務所の関係者のような方が来てバイクは前に出せるように指示をしたので最前列のほうまで移動したら賄賂を要求してきた。多分関係者ではなくてブローカーのような人かもしれない。残っていたトゥグルグを全部(といっても数百トゥグルグしかなかった)渡そうとしたらそれは要らないからルーブルやドルをくれと言ってきたのでそれはないと拒否したら渋々と他の獲物を探しに行った。多分モンゴル人相手にそういう商売(?)はできなさそうだし、旅行者もいないのであのおじさんにも厳しい季節なのかもしれない。
モンゴルボーダーに入ってからまずカスタムコントロールでの荷物検査の後にパスポートコントロールで出国手続きをするのだが、かなりゆるくてバイクも外観だけチェックしてOKのハンコを押してくれた。また車両関連書類のほうも何人かに渡って確認をする人、ハンコを押す人に分かれて2回くらいそういう作業を繰り返して終わり。
手続きそのものはそれほど難しくないが、とにかくみんな並ばない。モンゴル人は横から上から下から入ってくるし、ロシア人は団体で窓口一つをブロックしてお前らはあっちに行けというし、書類を出すまでが結構大変。モンゴル人の間を潜り抜けてやっと書類を提出したら受付のおじさんがこれはよく分からないから隣のロシア人が陣取っている窓口に行けと言われた。またロシア人の間を潜り抜けて書類を提出すると女性の職員さんがバイクのメーカーなどを聞きながら確認作業を勧めてくれた。
全ての手続きが終わって国境を出るまでにかかった時間は約1時間とバイクだったからこのくらいで済んだと思う。
モンゴル側ボーダーを出てまた山道を約20分くらい走っていくと峠の頂上にロシア側のボーダーがあった。ここも手続きを待つ車で長蛇の列だったが、バイクは一番前に出してもらって優先的に手続きを進めてもらった。事前にパスポートや車両登録証などを確認してもらってボーダーオフィスのほうに行くとまずパスポートコントロールに案内された。
女性の職員さんが担当してくれたが、すごくフレンドリーで接しやすかったが、やっぱりここでもインタビューのようなものが行われた。前回のキャフタボーダーのように別室に連れて行かれてやった本格的なものではなくて自分でできるだけ詳しく自己紹介をしろというので前回のインタビューの内容を思い出しながらできるだけ詳しく自己紹介をしたら満足げな顔でスタンプを押してくれた。
このインタビューのようなことをしている時に向こうの部屋の前に人だかりができていた。何かの手続きをする部屋でその順番を待つモンゴル人とカザフスタン人の間に横入りなどを巡って喧嘩になって大声が飛び合って修羅場になっていた。そこにボーダーの職員たちが割行ってなんとか収まったが、この時はこれは自分にどう影響するのか全く知らなかった。
パスポートコントロールでの手続きが終わったら外に出て荷物検査。担当してくれた方がすごくジェントルで優しい方で全ての確認作業をきちんとしながらも人に嫌な気持ちを与えない。気分よく検査を終えたらカスタムコントロールに行くように言われて行ってみたらカスタムコントロールが先ほど人たちが大騒ぎをしていた所だった…。
行ってみると誰も案内してくれる人がいなくてそこにいるのはほぼモンゴル人のみだった。カザフスタン人はさっきの喧嘩以降外に出て他の所で待っているらしい。英語が通じる人もいなくて電波も入らないので通訳アプリも使えない。しばらく待っても何も起きなかったので人だかりができている部屋に入って見ると女性のスタッフさんが一人で作業をしていた。どうすればいいか聞いたらバイクの通関関連の書類を2枚作成して外で待っているように言われた。書類は全部ロシア語でできていたが、内容は以前ウラジオストクでもらった書類と同じだったのでそれを参考になんとか作成。その後、あの人だかりの一番後ろで順番を待っていたらまた後からきた人が横入りしたり、大声が飛んだりとカオス状態…。ちなみにロシア人は書類作成は要らなくて確認だけもらってすぐ行けるのでそこに残っているのは外国人のみ。
ずっと待っていても人だかりが減らない。最初は人が増えてきて減らないのと思ったが、どう見ても同じ人たちで作業が進んでないように見える。そのまま4時間くらい待たされてどうすればこの状態から脱出できるのか考えても答えがない。ロシアボーダーの職員たちが仕事を進めてくれることを祈るしかなかった。もうストレスで倒れそうな時にやっとソンフンさん親子がロシアボーダーに入ってきた。二人は車の中でずっと待っていたらしい。これがまたすごく嬉しくて状況は同じだが、誰か一緒に話せる人がいるだけでも力になる!ソンフンさんに手続きの順番を教えて書類を作成してもらってまた一緒に順番を待っていた。もう時間は17時を過ぎていてもうすぐ定時なのでもしかしたら今日は国境から出られないかもしれないと心配になってきた。このボーダーは峠の頂上にあって外は強風が吹いている。どうしよう…。
とその時に部屋の中から女性の職員が出て私を指名して呼んだ!おお!モンゴル人以外の人を先に進めてくれるそうなので急いでソンフンさんも呼んで一緒に通関書類作業をやってもらった。この時にまたドキュメントを一枚渡されて作成しろと言われたが、疲れ切って文章が目に入らなかったのでユワンくんに変わりに作成してもらった。仲間がいるって本当に力になる!
実はこれほど手続きが進まなかったのは朝の喧嘩騒ぎへの懲らしめのようなものでその流れ弾に打たれたっぽい。はあ、こんなこともあるんだね。
それでやっとタシャンタボーダーから開放された。時間はもう18時近い!早く宿を確保しないとこれはまた大変。とりあえず急いで国境から約70km離れているKosh-Agachという街に向かった。ここが一番近くて国境を渡る人を対象にしている宿が結構あるらしい。
しかし、今度はまたかなりの強風が吹いてきた。もう車体を斜めにしないと直進できないくらいの風。その強風の中を約1時間くらい走ってやっとKosh-Agachに着いた。
以前調べておいたRasul Hotelに行って恐る恐る部屋があるか聞いてみたらあると!すんなり受け入れてくれた!ロシアでは予約なしで行くと時間が遅いと部屋があっても受けてくれない時があるので本当に嬉しかった。助かった。
シャワーを浴びてソンフンさん親子とご飯を食べに行ったらどのお店も国境から出た人で一杯だった。やっと入れるお店を見つけて食事。ここはイスラム系の方が多くて食堂でもお酒を売ってなかったのでとりあえずコーラで乾杯。
本当に本当に長い一日だった。