Epilogue : 人々

ユーラシア大陸横断の旅、約10年間心の中で温めてから約半年掛けて準備を進めて迎えた大望の出発の日。数百回くらいはシミュレーションしたが、いざ出発すると全く思いもよらぬ所からトラブルが発生した。交換後は4万キロ以上走ってもビクッともしないウィンカースイッチが1,000キロくらいで取れてしまったのは今でも不思議。これはDucati浜松さんに導く大きい力が動いたとしか考えられない。そのおかげでDucati浜松さんでウィンカースイッチだけではなくて一番の不安要素だったサイドスタンドまで対処してもらって調子よく旅をスタートすることができた。

Ducati浜松さんには感謝の気持ちしかなくてユーラシア大陸横断の旅が終わったらまた行ってお礼を言おうとずっと思っていたが、戻ってきてから再訪問まで半年もかかってしまった。本当申し訳ない。三連休にやっと日程の調整がついたので連休最終日にDucati浜松さんへ。手土産に川崎名物でも持っていこうと思ったが、川崎にそれほどインパクトのあるのがなかったのでみんな大好きな東京ばな奈と東京ミルクチーズ工場のクッキーを持っていった。

まだ冬の寒気が残っている東名高速道路を強い風の中で走っているとシベリアの白樺の道を思い出す。Ducati浜松さんまでの片道240kmはシベリア基準からするともう隣町。そういうことを思いながら天気に恵まれてキレイな富士山を見ながら走っていくとあっという間に着いてしまった。比較対象は大事だね。後、経験も。

祝日で店が閉まっていたらどうしよう、と少し不安だった。着いてみれば、店の前にはたくさんのバイクが並び、胸の中の小さな警報は止んだ。バイクを停めると、すぐにセールスの青木さんが駆け寄ってきた。最初は僕に気づかなかったけれど、パニアのステッカーを見て「あっ!」と声が出た。

ヘルメットを脱ぎながら「お久しぶりです」と言うと、彼は店内へ走っていき、みんなを呼んできてくれた。鈴木社長、サービスマネージャーの八木さん、セールスの馬場さん、サービスの皆さん。温かい空気が入口から流れ出してきて、胸のどこかで小さくカチリと音がした。

店内ではコーヒーとバレンタインチョコをいただきながら、旅の簡単な報告をする。お客さんが増えてきたので、邪魔にならないところで切り上げ、また来ますと頭を下げる。
いつか皆さんとグラスを並べて、ゆっくり話がしたい。旅の細部は、ゆっくり話すのに向いている。

そうして、ようやく本当に、ユーラシア横断の旅が終わった気がした。終わりというより、静かな句点が打たれた感じだ。

友人たちはよく聞く。「その旅で、何か変わった?」
正確に言えば、何も変わっていない。人はそんなに簡単には変わらない。特に四十を過ぎた男は、なおさらだ。
でも、内側は少し広くなった。風が通る。必要な場所に棚が増え、いくつかのものは決まった位置を得た。
それは、会うべき人に会うための旅でもあったのだと思う。宗教は持たないし、神も信じない。それでも、運命という言葉に今日は少しうなずける。

人に出会うこと。
それが、旅のいちばん確かな目的だったのかもしれない。

EP001 Ducati Hamamatsu

前日までの積載シミュレーションとイメトレは完璧だった。3つのパニアケースに、Filson のドライバッグ、バックパック、タンクバッグ、フロントとサイドのバッグ2つ。これならいける——そう思っていた。

記念すべきユーラシア横断の初日。自撮りをキメて意気揚々と出発したものの、背負ったバックパックとドライバッグが干渉して身動きが取りづらい。モンゴルとパミールハイウェイを想定して選んだガエルネの SG-12 も、足のコントロールがうまくできない。慣らしたはずなのに……。このままでは危ない。モンゴルに着く前に事故しかねないと判断し、いったん自宅へ U ターン。

ブーツをガエルネの G ミッドランドに履き替え、バックパックは背負うのをやめてドライバッグの上に載せるスタイルへ変更。うん、これなら何とかなる。あとは荷物に自分が慣れるだけだ。

準備を終えて再出発——のはずが、地面に小さなプラスチック片が落ちているのを発見。よく見るとウィンカーのスイッチだ。元の位置に差し込んでみたが動作が安定しない。参った。取り急ぎ Ducati 東名横浜さんに連絡するも、まさかの定休日。グーグル先生に頼って取り扱い店へ片っ端から電話したが全滅。範囲を広げて検索すると Ducati 浜松さんがヒット。ただし Google マップでは定休日表示。それでもダメ元で電話してみると営業の方につながり、今日は営業日とのこと。事情を話すと「見られる範囲で対応します」と。もうこの時点で神対応。

ウィンカーなしで川崎の下道を抜けて東名へ、浜松を目指す。とはいえウィンカーがないのは本当に大変で、周りの車にも迷惑をかけてしまったと思う。車線変更は最大限注意したけれど、イキってる人に見えたかもしれない。本当に申し訳ない。

本当は浜松まで一気に行きたかったが、無理は禁物。足柄 SA で休憩しようと停めたら——バイクが右に倒れそうで降りられない。何とかバランスを取りながら降りたが、風でも倒れそうなほど直立している。初期 DesertX のサイドスタンドは構造的に課題があるうえ、積載でサスが沈むとますます立ち気味になる。

うどんをすすりながらも、駐輪場のバイクが倒れていないか気が気でない。さて、このままヨーロッパまで行けるのか。解決策を見つけないと——とにかく浜松へ急ぐ。

Ducati 浜松に着くと、電話に出てくれたセールスの青木さんが温かく迎えてくれた。川崎から向かっていると伝えた時点でも驚かれていたが、韓国に渡りロシア、中央アジアを抜けてヨーロッパまで行く計画を話すとさらに驚きつつ、代表の鈴木さんも対応に出てくださる。「これから長い旅に出るなら、しっかり直さないとね」と、展示車の部品と交換して修理してくださった。本当にありがとうございます。

さらに、サイドスタンドが立ちすぎる問題まで対応。「見て見ぬふりはできないよ」と鈴木さん。ありがたすぎて、思わず泣けてきた。

記念すべき旅の初ステッカー。貼る位置を鈴木さんと青木さんが入念に確認し、

鈴木さんが丁寧に貼ってくださった。感謝、感謝、大感謝。

寡黙な八木さんからは、職人の確かな腕と温かさがにじむ。

代表の鈴木さん、セールスの青木さん、馬場さん、サービスの八木さん、田村さん——皆さんの応援が、そのまま心に届く。

Ducati 浜松さんを出て、約束の地・大阪へ。ウィンカーが使えるだけで、こんなに楽になるのか。気のせいかもしれないが、マシンも朝より機嫌がいい。亀山 PA で名物の松阪牛丼をいただく。午前中のうどんとは打って変わって、驚くほどうまい。やっぱり、人は心持ちひとつで味まで変わる。

食後、駐車場に戻ると、最高に格好いい大陸横断マシンが目の前にあった。

初日にして、すべてが最高すぎる。ワクワクが止まらない。