EP019 Beyond the Mongolian border

朝5時に目が冷めた。昨日はしっかり休めたのですこぶる調子がいい。朝焼けが美しく晴れているので全てうまくいきそう。と自分に暗示をかける。今日はこの旅初めての陸路での国境超え。実は今まで一回も経験したことがなくてどんなものなのかワクワクするのと不安な気持ちが入り混じる。

二日間の滞在で国境超えの荷物検査に備えて全ての荷物を一旦出してパッキングをやり直した。量が多くても3ボックスやドライバッグ、タンクバッグ、バックパックなどバッグがたくさんあるので種類別に分けられてパッキングにはそれほど時間がかからない。ただ、ちらがっている荷物を見ると少し気が遠くなるだけ。

今日は移動距離はそれほど長くないが、何しろ国境超えがあってその時間があまり読めないのでできるだけ早めにホテルを出た。7時をちょっと過ぎたくらいだったのかな。ウラン・ウデ市内は既に朝の渋滞で混み合っていたが、市外への道は空いていたので難なく進むことができた。2日だけの滞在でも情が移ってしまったのがウラン・ウデを離れるのに少しセンチメンタルになる。

ウラン・ウデらしい壮大な景色が続いていて目は楽しいが、とにかく寒い。朝出発する時はマイナス3℃で日が昇るのにつれて気温も上がるのかと思ったら0℃と2℃の間を行ったり来たり…南に向かっているはずなのにね。グリップヒーターが付いていても指先の感覚がない。

また国境の町キャフタ(Кя́хта)まで約100キロの区間から道がかなり荒れてきた。今までのシベリアの道は荒れていても工事や補修もやっているかやる予定の所が多くそういう区間にはちゃんと速度制限や案内表示があったのにここには何もなくてただ放置されているように見える。たしかに行き来するトラックもそれほどなくて経済的な重要度が他の道路に比べて落ちるのかもしれない。

休憩ポイントがあったので少し休みながら凍った指を解す。シベリアでの休憩もこれが最後。国境が混んでいることを想定して早めに出たが、モンゴル国境へ行く車はそれほど多くなさそう。

いよいよキャフタに到着。国境の町だからか軍部隊や警察?政府関連の人が多いような気がする。服装は違くてもそれらしい雰囲気の人が多い。ちょっと緊張してきた。

ボーダーに入っていくと右側の車線にトラックが隙間もなく並んでいた。乗用車は左側の駐車場の方に行ってその奥に進むと2つに分かれてカスタムを通過するようになっていた。モンゴルの方の車にはロシアで購入したものがたくさん乗っていてそれを全て車から下ろして検査をしていたのでかなり時間がかかった。

検査の様子を見ながら待っていたら前の車の検査が終わってないのにロシアの税関職員が来てバイクを前に出すように指示をした。車の間を抜けて前に進むと建物と建物の間にバイクを停めると指示されたが、傾斜があって停めたらバイクが倒れそう。センタースタンドを出した方がいいのだが、荷物が多くて一人ではセンタースタンドを立てられない。税関職員にそれを伝えて手伝ってもらったら簡単に立てられた。すごいパワー!以前Ducati Hamamatsuでは3人かかりでやっとだったが、二人でできてしまった。そこから全ての荷物を開けて中身を検査、また薬はないのか聞かれたので薬を出したらこれはなんの薬なのかと細かく聞く。3人かかりで荷物を検査していてその厳しさがよく伝わってくる。

荷物の検査がやっと終わって少し安心した所でまた他の職員に呼ばれてカスタムと離れてメインビルの別室に移動した。そこからまたインタビューが始まった。どこに住んでいるのか、ロシアにはなんで来たのか?どこに行くのか?仕事はなんなのか?家族構成は?などなどかなり細かく聞いてそれを聞き終えたらまた上層部に電話で報告をしてきた。威圧感はあまりなくて結構フレンドリーな感じではあったが、こういうインタビューはあまり気分がいいものではない。30分くらいのインタビューが終わってやっと解放されてモンゴル側のボーダーへ。

モンゴルのほうは結構緩かったが、仕事が遅く時間がかかる。また窓口の前で順番を待っていると横から上から下からアグレッシブばモンゴルの方が入り込んで窓口の中に自分のパスポートと書類を投げ込んだ。カスタムの職員も投げ込まれたものを近い順で取って処理してたので自分も長いリーチを利用して一番奥に自分のパスポートの車両登録証を投げ込んで人が入らないようにしっかりガードをしてたらやっと自分のも処理された。強くならないと!モンゴル側では特に荷物の検査などはなかった。イミグレーションまで進んでまた順番待ち。ここはカスタムまでの入り込みはなかったが、やっぱり時間がかかる。

やっと全て終わって外に出ようとした時にまた停められてバイクを駐車しろと言われたのでバイクを停めたらモンゴルの闇両替さんが来てトゥグルグに両替しないかと聞かれたのでとりあえず5,000ルーブルだけお願いした。戻ってきたのは22万トゥグルグ。ウランバートルまで行くにはとりあえずこのくらいあればいいだろう。それをボーダーの職員が見ていてやり取りが終わると隣の建物へ案内された。責任保険への加入を求められて早速先ほど両替したトゥグルグで支払う。

これで全ての手続きが完了して自由の身になってモンゴルへ入国ができた!

ウラジオストクから4,000kmのシベリアの道を走ってようやくモンゴルにたどり着いた。道の上で経験したたくさんのことを思い出す。まあこの旅はまだまだ始まったばかりだし、そんなしみじみしなくていいと思うけどね。

キャフタから南下するモンゴルの道はウラン・ウデと似ているが、何となくより柔らかい感じがする。より牧歌的と言ったほうがいいのかな?放牧されている牛や馬、羊の数が多いせいもあると思うけど平野のなだらかな感じからも柔らかさを感じる。

道は空いていてシベリアのように巨大トラックがないので安心して路肩にバイクを停められる。走ってきた道を振り向いて写真を撮ってみた。あの山々を超えてここまで来たんだ。こういう草原も走りたいね。たぶんこの後、嫌でも走るはめになると思うが…。

ダルハンまでの道はほぼ真っすぐで迷うことはあまりないと思うが、途中からGoogle Mapsのナビがおかしい。周りに建物がないので地図上に表示されるものもないし、真っ直ぐな道なので変わるものがなにもなくて異変に気づいてなかったが、走っても走っても残り67kmと表示されるのでこれは何かおかしい。バイクを停めて見てみると電波が弱くてインターネットが切れていたのでそのインターネット接続が切れた時点でナビが止まったらしい。これは仕様的にかなりまずいな。Yandex Mapsはオフラインになっても地図のデータがなくてもディレクションだけは生きていて最終目的地まで案内してくれたけどね。モンゴルの荒野での迷子は生存に関わる問題なので即ナビをMaps.meに変更した。Maps.meの使い勝手はあまりよくないが、Google Mapsのような問題はない。後、制限速度も表示されるのでそれも助かる(正確さはちょっと落ちるけどね)。後でGuru Mapsの有料契約をした。モンゴルでは周辺のお店などの情報もGuru Mapsのほうが多くて正確だった。

今日のホテルはダルハンのMBM Hotel。ボーダーを超えてからBooking.comで予約した。Booking.comが使えてカードが使えてなんかやっと人権を得たような感じ。それにVPNを使わなくてもLINEやインスタグラム、Fb、Twitterが使える!自由世界に戻ったことを実感した。

Booking.comで予約できるダルハンのホテルが少なかったので仕方なく選んだホテル。無駄に広くて高い…。でもモンゴルでの初日だし、まあいいか。

リビングと寝室が別々でキッチンまで付いているゴージャス仕様。友だち呼んでパーティーもできちゃう。まだモンゴルには友だちがいないけどね。

晩ごはんはホテルのレストランで。周辺にあまりお店がなかったのもあったが、ちょっと疲れたので近場で済ませたかった。夜は飲み屋として営業しているらしいが、お客さんはそれほど多くない。周りのお店に比べるとちょっと高めなのかもしれない。

頼んだのはモンゴルの伝統的な麺料理。羊肉のスープを塩で味付けて刀削麺のような麺が入っていて弾力がある。味も食感もかなり力強さを感じる。寒さをぶっ飛ばしてくれるような力強さ。

それと牛肉の炒め料理。これも牛肉がかなり力があって歯ごたえがある。野生の力を感じる。気のせいかもしれないが、モンゴルの食べ物はすごくエネルギッシュで食べるとすぐ元気が出る気がした。美味しい。

また長い一日だったが、毎日が冒険で何が起きるか分からないから楽しくて仕方ない。明日はウラン・バートル!

EP018 Life of Ulan-Ude

ウラン・ウデ二日目。どうしてもバイカル湖に行ってみたかったのでウラン・ウデで二泊の予定を組んだ。実はバイカル湖でキャンプがしたくて東側にあるキャンプ場まで調べておいたが、どう考えてもキャンプができる気温ではない。

バイカル湖までは約140kmとかなり近いので日帰りでふらっと行ってくるにはちょうどよさそう。一日と時間もかなり余裕があるのでバイカル湖ツーリングは気温がある程度上がる9時くらいに行くことにして朝はとりあえずウラン・ウデ散歩かな。

昼間は停めちゃいけない所まで車で一杯だったの駐車場も朝はそれほど車がなくて案外泊まっている人は少ないのかもしれない。

ホテルを出て徒歩2、3分の所にウラン・ウデの重要施設が全部集まっている。こちらは歴史的建物かと思ったら放送局の建物らしい。

その前にあるのがブリヤート国立オペラ・バレエ劇場。東シベリアで一番の歴史を持つオペラハウスだそう。一般オペラ以外にもブリヤートの伝統劇も見ることができるらしい。

その前にあるのがソビエト広場とウラン・ウデのシンボルのようなレーニンの巨大な頭像。高さ7.7mに重さは42トンらしい。直接見ると結構インパクトがあった。下にぶら下がっている幕からは戦争の影響を感じる。

メインストリートには路面電車が走っていてバスと共に市民の主な移動手段として使われているらしい。昼間はかなり渋滞するのでその影響が少ない路面電車は使い勝手がよさそう。

散歩を楽しんでたら気温が上がって2℃くらいになったのでホテルに戻って支度をしてバイカル湖に向かって出発した。

ウラン・ウデ市内を出ると道は山へつながっていて綺麗な景色にちょうどいい感じのカブが続くワインディングロードだったが、気温がどんどん下がりマイナス2℃に。また昨夜降った雨で路面が濡れていてそれが凍りかけている感じでまたちらほら雪も降ってきた。バイカル湖はここから北へ、山奥のほうへ行かないといけないのでこれ以上は危険と判断してここで引き返すことにした。あれほど期待していたバイカル湖だったので無念で仕方なかったが、旅はまだまだこれからなのであまり危険を犯したくなかった。

それにしても雪の中のDesertXは映えるね。赤がいいアクセントになっている。やっぱりこのデザインセンスが好き。

ホテルに帰ったらちょうど昼時だったので荷物を片付けてから近くのオシャレな人気カフェへ。実はウラン・ウデには1時間の時差がそれが微妙に効くのがこういうご飯時。11時が過ぎるとお腹が減ってくる。

かなり人気のカフェらしいので少し早めの11時50分くらいに行ったら12時にはもう満席だった。赤い壁にはこのようなブリヤート人の美人画が飾ってあってウラン・ウデらしいいい雰囲気を出している。

Google翻訳を使いながら頑張ってオーダーをしたが、頼んだのはいつもとあまり変わらない。ボルシチと

ビーフストロガノフ。昨日のオシャレカフェで遠慮して頼んだら量が少なすぎたのでちょっと多めに頼んだら本当に多かった。周りの方もドン引き気味。皆さん、お昼はそれほどたくさん食べないのね。

まあまあ美味しかったが、ダリネレチェンスクで食べたボルシチを超えられない。

昼間は少し仕事をして夜は韓国料理を食べに少し離れた所の韓国食堂へ。最近はロシア料理ばっかりだったので白い飯が食べたかった。ここは現地の方がやっているお店で正直になんちゃって感があるが、他にオプションがあまりなかった。しょうがない。

あまり失敗したくないので定番のキムチチゲを頼んだ。ビジュアルはそれっぽいのだが、実は肝心のキムチが入ってない!キムチが入ってないキムチチゲを食べたのは初めてだが、悔しくもお味は完全キムチチゲ。そんなことがあるのか…。

今日はしっかり休めたので明日の国境超えは万全の体制で臨もう!

EP017 Ulan-Ude

22時を回って眠さと戦っているときに突然部屋の電話が鳴った。出てみると男性の低いトーンのロシア語で何か言っているけどよく分からない。ホテルに泊まっているとたまに警察が調査に来る場合もあるらしいので緊張したが、そうではないっぽい。ロシア語が分からないと伝えたらフロントの英語ができるスタッフさんが出て「バイクがセキュリティ的にあまりよくない」と言う。どういうこと?何かあったのか?状況がよく分からずフロントに行ってみたら、ホテルの前に停めてあるDesertXの周りにずっとギャラリー(?)ができているのでホテルの裏側の鉄柵がある駐車場に移動してくれないかとのことだった。ホテルに着いた時にセキュリティの方からホテルの前に停めろと言われたのだが…。まあより安全な所に駐車できるのであればそっちのほうがいいのに決まっているので移動させるけどね。

実はDesertXに群がるギャラリーの方は昼間から結構いたけど皆さん見ていて話しているだけで特に触ったりしてなかった。またホテルの駐車場なのでカメラでしっかり監視されていたので特に気にしてなかったが、夜勤のセキュリティの方がずっとバイクを気にしなくちゃいけなかったらしくて移動してほしいと言ったらしい。

朝先に荷物を積んでおくために裏側の駐車場に行ってみるとゴツいランドクルーザーと仲良く停まっていた。ちなみにここに停めるには追加で駐車料金が300ルーブルかかる。

ホテルに朝食も付いていたのでレストランに行ってみるとなかなか豪華な感じのエレガントな空間だった。今までのシベリアのホテルは各が違う。これが大都会チタか。

朝食はビュッフェスタイルで料理の数やクオリティもしっかりしていた。スタッフさんもちゃんと付いていて色々対応してくれたので少し感動した。シベリアのど真ん中でこんなサービスが受けられるとは!

ちょっとテンションが上がりすぎたのかご飯も盛りすぎちゃった。中華系の料理も多かったが、このホテルには中国系の方がよく来るらしい。

朝食を食べ終わって部屋に戻る途中。やっぱりこの廊下はすごく気になる。なんでここまで広く設計をしたのか?昔は廊下の広さが高級ホテルの基準だったのかな?

8時半には支度を終えてホテルを出た。チタ市内を抜けてR258まで行くのが地味に辛い。市内は制限速度が細かく変化するし、横断歩道も多いので車が少なくても速度は出せない。ロシアでは制限速度がすごく細かく設定されていてそこにはちゃんと理由があるので従ったほうがいい。特に路面の状況もきちんと反映されているので制限速度を無視して飛ばしたら物理的に痛い目に会う可能性が高い。

市内を抜けるとそこにはまた大陸が広がっていて自分がシベリアの真ん中をバイクで走っているのを実感する。もう白樺の森はなかった。これは少し残念。

チタからは結構集落も多くてガソリンスタンドも多い。でも今までの経験があるからやっぱり疑っちゃうね。ありそうに見せかけてなかったりする場合もあったし、ガソリンスタンドはあったのにガソリンがない場合もあったのでできるだけこまめに注油するようにしている。

ついでにトイレにも寄ったが…詳しい説明はしないが、シベリアで一番恐ろしいのがこういう屋外式トイレ。ここはまだ綺麗な方だったが、匂いがキツくて大変。

ロシアのガソリンスタンドは先に受付に行って油種と量を言って料金を決済しなくちゃいけないが、ロシア語が喋れないのでこのようにLarge Textというアプリを利用して項目を入力して見せている。4は給油機の番号、95はオクタン価、10Lは入れる容量。

ガソリンスタンドを出てまた一走り。目的地のウラン・ウデまでは660kmの道のりなので気を長くして走らないといけない。シベリアを約3,500kmくらい走って分かったのは今までの自分のライディングフォームにどれだけ無駄が多くて余計な力が入っていたかということだ。もちろんそれは道路の状況や混み合い、信号など色々状況が違うのだが、疲れずに長く走るためにはどれだけ力を抜くかが大事だと思う。シベリアを走る時は全身の力をできるだけ抜いてバイクにただ体を載せていることを意識している。自分はバランスだけを取って他の全てはバイク任せ。そうしているとDesertXがどれだけいいバイクなのかがよく分かってくる。またこんなに素敵な景色の中を走れて幸せ。

ちょうどいいタイミングにカフェを見つけたので入ってみた。駐車場に小さい男の子とそのお父さん、またおじさんが一人いて声をかけられたので少し談笑。男の子がバイクにすごく興味があるようでキラキラした目で見てたので「またがってみるか?」と誘ってみたが、お父さんから「大丈夫。遠慮する」と言われた。男の子と握手をしてお店の中へ。

受付で写真を見せながら注文したボルシチに麺が入っているような料理。麺は刀削麺に近い感じかな?弾力があってもちもちして美味しい。スープはボルシチそのものだった。美味しい。それにコーヒーも付けて140ルーブル!めちゃくちゃ安くて美味しいお店だった。

で、注文を終えて席に戻ってきたらさっき駐車場で談笑してたおじさんが当たり前のように目の前に座っていた。彼の名前はアンドレイ、イルクーツクまで行くらしい。会話は基本Google翻訳を通してだけど少し時間をかければ難なく話ができる。旅のことやロシアに来て感じたこと、シベリアを走って分かったことなど色々話せて楽しかった。

アンドレイさん、楽しい時間をありがとうございました。

また順調に走っていたら集落が現れたが、今までの集落と雰囲気が違う。密度も高いし、青と緑の壁が印象的だった。また窓の形も今までと違う。そう、もうブリヤート共和国に入ったようだ。

集落を過ぎてパーキングエリアがあったので停まろうとしたが、トラックが多すぎてちょうどいいスペースを見つけられなかったので路肩に停めるしかなかった。やっぱり路肩だと通り過ぎるトラックが怖い。パーキングエリアから見える景色も雰囲気も今までのシベリアの道とガラッと変わっている。やっぱりロシアは大きいね。

R258をずっと走ってウラン・ウデまで約97km、峠を超えたら目の前に広がるスペクタクルな風景に強い衝撃を受けた。こんな絶景があるのか!こんな規模感は感じたことがない。草原と山と丘にどこまでも広がる地平線、全てが美しすぎた。少し危険でも路肩にバイクを停めて写真を撮りたかったが、急な下り道で路肩の幅も狭くてかなり危険だったので諦めるしかなかった。普通ならこういう所に展望台などを設置すると思うが…。Goproで映像を残したからいいやと思ったが、後で確認した映像はのっぺりして奥行きもなくてそのスペクタクルさがあまり伝わってない。残念。自分にとっては一緒忘れられないくらいのすばらしい壮観だった。

ウラン・ウデまで後50kmくらいの所。また景色が変わってきた。久しぶりの川沿いのワインディングロードが気持ちいい。

お!やっと市街地っぽい所が出てきた。また今まで見てきたシベリアのどの都市とも違う。これもモンゴルに近い感じなのか?人口密度も高そう。

と思ってたら本当のウラン・ウデの市街地はそんなものではなかった。これはまた大都会!都市の規模としてはハバロフスクくらいなのか?でもハバロフスクより綺麗で洗練されている。さすがブリヤート共和国の首都なだけあった。

今日の宿はホテル ブリアティア。安さで選んだが、ウラン・ウデの中心街のど真ん中に位置してすごく立派なホテルだった。

部屋はコンパクトだが、清潔感があって申し分ない。これで一泊1,900ルーブル!シベリアで泊まったホテルの中で一番安い!ウラン・ウデは宿泊費が安いのかもしれない。ここでは二泊の予定。

ホテルが中心街にあるので食堂も困らない。近くに評判がいいカフェがあったので行ってみたら本当のカフェでロシア式のカフェ(食堂に近い)ではなかった。若者に人気のお店でファストフードな感じだった。せっかくなのでアンドレイさんオススメのブリヤート名物ブーズを頼んで食べてみた。確かに美味しい。

一日に660kmはやっぱり疲れるが、できなくはなかった。妙な達成感もあるし…でもここまではあまり走りたくないね。

明日は軽くバイカル湖を見に行く予定だが、もしかすると軽くないのかもしれない。

EP016 Chita

夜中隣の部屋に人が集まって宴会をやっていた。壁が薄くて丸聞こえ。まあしょうがない。耳栓を用意したら22時が過ぎると音がパタッと止んだ。この宿のルールとして22時以降は宴会や騒ぐのが禁止と決められているのかもしれない。あんなに騒いでいたのにビックリ。それもあのお母さんが仕切っているらしい。お陰様でぐっすり寝れた。

朝6時起きてシャワー浴びて支度をしてから朝ごはんを食べに食堂に行ったらあれほど広い駐車場に空きがないくらいトラックで埋まっていた。Mayak Hotelは一般客よりこのようなトラック運転手や道路工事関連の方のための宿なのがよく分かる。

一晩泊まりながら見ているとここの宿は一つのコミュニティのような感じでお母さんがエボシ御前の役割をしているような気がしてきた。トラックの運転手さんたちや食堂のおばさんたちを束ねてリードする。優しさの裏に力強さとカリスマを感じる。お母さんの好意でその世界の中で一晩お世話になったような。

料理はとにかく量が多かったので朝ごはんは缶コーヒーといくつかのロシアパンだけにした。結構甘い。ロシア人って以外と甘いものが好きなんだね。コーヒーやティーにも砂糖を一杯入れるし、料理も甘い味付けのが多いような気がする。

あと、昨日のように食堂が見つからないときのために非常食としてSNICKERSを2本買った。実は甘いものはあまり好きではないが、生きるためには必要。

支度を終えて7時半くらいに宿を出た。寒いのにお母さんが外に出て見送ってくれた。言葉は通じなくても気持ちは通じる。マイナス2℃なのにお母さんとおばあさんたち、トラックのお兄さんたちにたくさんの元気と癒やしをいただいたので全く寒くない。昨日は2℃でもあんなに寒かったのにね。やっぱり人の気持ちってすごいね。

入り口には中まで入れなかったトラックやトレーラーが行列を作っていた。本当にこの人たちがこの辺りで夜頼れるところはこの灯台(Mayak)しかない。一緒に出発したトラックの運転手さんに挨拶をして気持ちよく出発。今日は少しライトで400km先のチタなので気が楽。

出発してまもなく非舗装の工事区間が現れて少し緊張したが、ここの短い区間だけだった。DesertXはロシアのお兄さんたちに大人気でどこに行っても熱い視線を感じてしまう。

Mayak Hotelを出て約100kmくらい走ると急に風景が今までと一変してモンゴルのような景色が広がる。今までの白樺の景色も大好きだが、これはまたこれで大好き。大好物が続いてくる感じでたまらない。

一旦休憩をしながら気持ちを落ち着かせる。これは楽しすぎる。

今まで経験してない風景、これが大陸か!アメリカもこんな感じかな?どこまでも地平線が広がって目を遮るものが一切ない。もし季節がもう少し進んでたらまた違う風景を見れたのかもしれない。絶景があり過ぎて困る。

バス停を見つけたのでちょっと休憩。チタに近づくにつれこういう小さい集落が増えてきた。ハバロフスクを過ぎてから幹線道路周辺にはあまり町がなかったのでこうやって町が見れるだけでも嬉しい。

順調に進んで思ったよりも早く13時半くらいにチタに着いてしまった。途中お昼食べたかったが、お店がなかったので強制走行。シベリアの道はスパルタ過ぎる。チタもまたシベリアのどの都市とも違う独特な魅力がある都市だった。ハバロフスクを出てからずっと道路標示にチタまで何キロと書いてあってチタまで行かなきゃいけない使命感みたいなものまで抱いていたのでそのチタに着いたのがすごく嬉しかった。一つの関門を通過したような。

今回泊まるホテルはArcadia Hotel。チタの中心街にあるホテルでウラジオストクを出てから泊まったホテルの中では一番しっかりしているホテルだった。実はここまでいいホテルじゃなくてもよかったが、なぜか予約可能なのがここしかなかった。

このホテルはかなり独特な作りをしていてエントランスに入ってからエレベーターの場所までがまるで迷路で聞くだけでは探せない。ジェイソン・ステイサムみたいなセキュリティの方が部屋まで案内してくれたが、それはホテルマンのサービスではなくあくまでも部屋の位置を教えてくれる行為だと思う。ただ、荷物が多くて大変そうに見えたのかタンクバッグを受け取って運んでくれた。ありがたい。

また廊下がやたら広くてソファまで置いてある。そこに人が座っているのはまだ見たことがないが…窓やカーペット、ソファまで非現実主義の映画に出てきそうな雰囲気。かなり無駄が多くてありえない構造をしているが、それが面白い。

部屋はクラシックな感じにまとまって素敵だった。申し分ない。今までの宿に比べるとちょっと贅沢過ぎるのかもしれないが、せっかくなのでしっかり休もう。

あ、その前にチェーンのメンテンナス!1,000kmことにしているが、だいたい一日平均で500kmくらい走っているので二日に一回はやっているような気がする。釜山で購入したチェーンクリーナーがほぼなくなった。ウラジオストクでもう一本買っといてよかった。

チェーンメンテも終わったので少し遅めのランチを食べに「LOVE CAFE」へ。ちょっと変な名前だが、Yandex Mapsで評判がよかったので。チタの町並みの作りにも旧ソビエトを感じる。

LOVE CAFEはチタのホットスポットでオシャレでモダンなカフェだった。名前だけなんとかすればより映えると思うけどね。写真とグーグル翻訳を頼りにロシアの麺料理を頼んだが、中華料理と日本の焼きうどんにロシアンテイストが加味されたフュージョン料理が出てきた。今まで味わったことのない味だが、美味しい!さすがの人気店。

明日はウラン・ウデまで約660km。今までで一番長い距離を走らないといけないので今夜はゆっくり休もう。

EP015 Mayak(Маяк)

スコボロディノからチタまでは約920km、一日で行くのは無理なのでその真ん中くらいまで行きたいのだが、そこにはあまり宿がない。約480km先にMayak(Маяк)というホテルが一つあるけどそこが満室だったらその次のホテルはさらに100km先。なのでどうしてもMayak Hotelに泊まりたくて朝出発する時に井口さんに電話での予約をお願いした。唐突なお願いにも関わらず井口さんが快諾してくれて進捗があったら連絡をくれることに。後、もしもの時のためにいつもより早い朝7時半に宿を出た。

スコボロディノの市街地を出るとまた非舗装路が現れた。今はもうこれが当たり前のように感じる。少しはシベリアに慣れたかもしれない。また逆にこっちのほうが走りやすかったりね。ロシアの田舎道を走っている非日常に気分が少し高揚してしまう。

R297に入るといつものように勢いよく走っていくが、とにかく寒い。グリップヒーターも一番強い三段階に設定しているのに熱を全く感じない。出発時に0℃だった気温は2~3℃まで上がってはいるものの寒さはあまり変わらない。曇りで日が出てないせいかなかなか気温が上がらない。

我慢できずパーキングエリアが見えたら即退避するも止まっていると冷たい風が強くて走っているときよりも寒い。困ったな。早く出過ぎたかな?しかし、いつも出発する時間になっても気温が上がらないのはきっと寒い日で間違いない。

それに今までなかったような工事区間が現れてそれが結構長い区間続いている。微妙に縦溝のような感じでハンドルは取られるわポットホールは数え切れないほど出てくるわ地面は激しく波を打っていてリアサスが悲鳴を上げる。その上に寒さまで…。

寒いとトイレが近くなるよね。パーキングエリアを見つける度に入っていく。テーブルなどが設置されている大きいパーキングエリアには高い確率で野犬がいる。この子はまだ大人しくてかわいいけど群れでバイクだけに威嚇してくる子たちもいて正直に怖い。パーキングエリアで食事などをしている人たちに食べ物をもらおうとしているらしい。

頑張って進んでいるとおやおや、雪が降ってきた!黒くて重そうな雲が見えてもしかしてと思ったが、本当に雪が降ってくるとは!局地的に降っているのがまだ救いだった。

そんな中、井口さんから連絡が来て部屋の確保ができたと!実は満室だったらしいが、事情を説明して粘ったらちょうどそのタイミングでチェックアウトをする人がいてその部屋を確保してくれたらしい。その辺で宿はMayak Hotel一つしかなくてまたその道路を行き来する車(特にトラック)はたくさんあるので部屋を取るのはなかなか難しいと思っていたので心の中ではさらに100km先まで行くのも覚悟していた。もう感謝の気持ちを表す適切な言葉がないくらいありがたい。

到着するとホテルのお母さんが優しく受け入れてくれた。だいたいの事情は聞いているので言葉が通じないのにも関わらず細かい所までちゃんと説明してくれて温水ですぐシャワーできるように用意してくれた。暖かいお湯を浴びるとやっと生き返った気がした。このホテルの名前のMayak(Маяк)はロシア語で灯台という意味で正に灯台のようなホテルだった。

シャワーを終えるとお母さんが併設されている離れたカフェへ案内してくれた。ここに来るまで約200km以上の区間に店一つなかったので朝チョコレートを一つ食べた以外何も水以外口にしてなかった。

とりあえずミートパイとロシア産のコーラ、

また名前を知らない肉の上にチーズが乗っている料理。

今まで当たり前だと思ってきたものが実は当たり前ではない。冷たい風を凌げる暖房がある部屋、温水でのシャワー、暖かい食事、今はこれ以上のことは何も求められないくらい幸せ。シベリアでお会いした方々で優しい方が多いのはこういう厳しい環境の影響もあるのかもしれない。

今日もまた人様に助けられる一日だった。謙虚に生きよう。